劇団 短距離男道ミサイル とは / About
2011年4月、東日本大震災直後に「仙台、東北、そして日本を笑顔にしたい」という想いの元、仙台の若手男性俳優(当時)によって結成された劇団。
東北の風土・歴史を下敷きに、男達の生命力から繰り出される瞬発力・爆発力を用いて、地ビールならぬ”地演劇“を届ける。その特異なスタイルによって生み出される作品群は、“テンションとエモーションにおいて世界レベル”と評される。 全国規模で活動を展開しながらも、地域のアウトリーチ事業にも積極的に取り組む。学校や児童館への芸術家派遣事業、文化施設と連携したコラボパフォーマンス、音楽ライブや地元のお祭りといったあらゆるジャンルのフェスティバルへ出演するなど、その活動は多岐に渡る。 
<受賞歴>
2017年6月 CoRich舞台芸術まつり!2017春『母さん、たぶん俺ら、人間失格だわ』グランプリを受賞。
2018年3月 若手演出家コンクール2017『走れタカシ~僕が福島まで走った理由(わけ)~』最優秀賞・観客賞をW受賞。
<沿革>
2011年4月、“1発目”「CAN魂」着弾 。
災発生直後、私たちは何もできなかった。
仕事もなく、使える劇場も稽古場もない。そんな状況下、“演劇なんてやってる場合か” “演劇は無力だ” という声が聞こえる最中、劇団 短距離男道ミサイルは産声をあげる。記念すべき1作目は、収入の一部を寄附するチャリティ公演企画の演目のひとつだった。各団体が震災へ向き合う作品を上演するなか、我々が選んだのは「裸」であった。男6人が汗だくになってとにかく叫び続ける姿を見て、観客は戸惑い、笑った。

2012年12月、はじめての“ツアー”。
CAN魂以降、仙台の有望な若手男優(当時)の加入により勢力を増した我々は、9発目「佐川、あれはイキ過ぎた男」で劇団初の仙台・京都・名古屋の三県ツアーに挑む。各地のツアー先で温かい応援を頂き、「あれ、俺ら案外いけるんじゃね?」と勘違いするキッカケになった公演であった。また、ミサイル恒例(当時)となる”8人乗りキャラバンに出演者と美術をぎゅうぎゅう詰めツアー”がこの頃に確立された。安全運転で行きましょう。
2013年11月、はじめての“受賞”。
9発目「イキ男」は『若手演出家コンクール2013』の選考対象だった(演出家の事後報告で知る)。
その後、12発目「裸のリア王」の四都市ツアーにて優秀賞の受賞が決定し、東北の劇団としては初の快挙を成し遂げる。ツアーでのETCゲートを全壊させた事故にもめげなかった。そして2014年3月、13発目「F/O」をひっさげ下北沢に乗り込んだが、最終審査では惜しくも得票数2位、観客票2位。どちらも一歩届かず苦汁を嘗めることとなった。

2017年3月、はじめての“ぐらんぷり”。
他地域の劇団との対ゲキツアーを経た後、我々は武者修行の旅に出る。
20発目「人間失格」にて、キャンピングカー1台にキャスト・舞台美術・機材を満載にして東北6県21都市を回るというツアーを敢行。東北を背負って立つには、まず我々が東北を知り、そして、東北の皆様に知ってもらわねばなるまい!!という意志のもと、たくさんのお客様の温かい声援を賜り、陸奥の厳寒にもアイスバーンにも負けず、ミサイル初の無事故で帰還した。
今後の劇団の活動指針ともなる、貴重な東北の風土や人々との出会いに恵まれた公演であった。さらに、“評価基準からはおこぼれする、点数化できない魅力”を評価いただき、『CoRich舞台芸術まつり!2017春』にてグランプリを受賞、日本一の座に輝く。

2018年3月、2どめの“日本一”。
2017年10月、東北6県に北九州、東北と同じく地震の被害に遭った九州の2都市を加え、20都市を回った23発目「走れタカシ」ツアー。半年ぶりに再会した東北の皆様、初めましての皆様にたくさんの元気をいただいた。2018年3月に満を辞して臨んだ『若手演出家コンクール 2017』にて、最優秀賞と観客賞をW受賞。4年前の雪辱を果たす。審査員の講評で頂戴した、“この作品を見たら、みんな演劇を好きになると思う。”というお言葉が今でも胸に残っている。
2019年4月、あたらしい”体制“
30発目「父さん、晩年っていうのかい、これは。」を最後に、これまで総合演出を務めた澤野正樹が退団。劇団は新体制となる。メンバー全員が対等の権利と責任を持ち、一人ひとりが積極的に創作へ参画していくチームづくりをより一層心がけた。これまでの創作で培ってきたものを土台に、運営形態を大きく再編成し、劇団として新たなステージへと踏み出す。
2020年4月、ミサイルVS”コロナ”
コロナウィルス流行に伴い無観客上演となった、34発目「春とシュララライッ!!」初日終演後に、仙台市が緊急事態宣言を発令。残りの公演をどうすべきか話し合い、“公演はやり切る“かつ“市の要請にも応え切る”決断をした我々は、全てを1日に凝縮した“1日6ステージ無観客上演”に踏み切る。未だかつてない精神状態となったメンバーを支えてくれたのは「依代くん」だった(※)ここでの感染予防対策が以降の公演に活かされる事となるが、正直、一日6ステージは2度とやりたくない。
※人型にくり抜いたダンボールを全ての客席に設置。お寄せいただいたお客様の写真やイラスト・メッセージを添付した。
2021年4月、そして、“いま”。
月日は百代の過客にして、行き交う君もまたミサイルなり。
数多の出会いと別れを重ね、再び大きな節目を迎えた我々、劇団 短距離男道ミサイルは、これからも火力を弱めることなく、より一層パフォーミングアーツに真摯に向き合い、更なる高みを目指して飛び続けてゆく。
我々のパフォーマンスを観たいと言ってくれる方が、一人でもいる限り。
世界に平和が訪れるまで、我々は服を脱ぎ続けます。